熊本市の「こうのとりのゆりかご」を視察しました。(2022年11月17日)

目次

1 北海道で「赤ちゃんポスト」が開設される

 11月16日から道議会少子高齢社会対策特別委員会の道外視察日程が始まりました。今回の主たるテーマは少子化対策であり、メインの視察対象は熊本県熊本市の慈恵病院です。

 慈恵病院といえば、平成18年11月に、ドイツのベビークラッベを参考にした「こうのとりのゆりかご」、いわゆる赤ちゃんポストを設置する計画を発表し、翌年5月10日から運用を開始していることでご存じの方も多いと思います。

 同病院が運用を開始し日にちと同じ日を意識したのかはわかりませんが、本年の5月10日、石狩管内当別町で妊娠・出産、養育などの相談に乗る事業をされている方が赤ちゃんポストを開設したとの情報があり、道の担当部局が関係機関と合同で同月13日、現地調査を実施しました。テレビニュースで取り上げられたのを私も以前拝見しました。

 道はじめ関係機関は、この方の思いは理解するものの、同施設に様々な課題があることから、運用の停止を要請しています。その課題とは、
①施設を施錠しない方針が示されておらず、預けられた赤ちゃんの安全性が確保されない懸念がある。
②赤ちゃんを置く専用スペースに空調設備等が設置されておらず、赤ちゃんの健康が守られない懸念がある。
③警察、児童相談所、病院などの関係機関との事前協議が一切行われておらず、受け入れ後の対応のあり方が決められていない。
④医療スタッフや医療設備が確保されていない。
⑤複数の赤ちゃんが同時に預けられた場合の対応が困難とみられる。

等です。

 この点に関し、私は今年の第2回定例会で一般質問で取り上げ、道の認識と対応を改めて質しました。
一般質問 二(一)3「赤ちゃんポストについて」をご参照下さい。(asanotakahiro.com)

 本道の事例について改めて考察するためにも、先行事例をしっかり研究することが必要です。16日の移動日を経て、本日17日、熊本市議会と慈恵病院を松山丈史委員長をはじめ委員会メンバーで訪問致しました。ちなみに私は副委員長の立場を頂いております。

 詳しくは後述しますが、今回の視察を経て、熊本の赤ちゃんポストは決して安易な子どもの預け入れを、率直に言えば親の無責任さを助長するものでは決してなく、院長はじめ病院関係者の大変な覚悟と決断によって運営されていること、熊本市をはじめ行政・関係機関もしっかり連携していること、更に日本国内にはどうしてもこのような施設を必要とする方々がいることを理解することができました。

二 熊本市の取組

 熊本市議会では副議長の園川良二様にご挨拶頂いた後、熊本市健康福祉局子ども未来部子ども政策課の光安一美課長、前田哲郎主査から、熊本市の取り組みについてご説明を頂きました。

 光安課長より、こうのとりのゆりかごが設置されるまでの市の取組、設置後の対応について大変ご丁寧なご説明を頂きました。慈恵病院の当時の理事長である蓮田太二氏より計画が発表され、ゆりかご設置のための病院開設許可事項の変更の申請がなされてから、国への照会や関係機関との協議等、市の対応にも大変な苦労があったことが伺い知れます。

 こうのとりのゆりかごが全国的な話題となった当時、私も「安易な子どもの遺棄を促すことになるのではないか」と、浅い認識のもと、考えていたものです。市としては許可を出す際の留意事項として、

①子どもの安全確保
②相談機能の強化
③公的相談機関等との連携

を、病院側に伝えているとのことでした。ポストの設置を許可する一方、ポストの預け入れをしなくてもよくなるよう、病院側にも対応を促していたことを、恥ずかしながら初めて知りました。

 受け入れ状況はスタート時の平成19年度20年度、21年度、22年度までは17件、28件、15件、18件と年間二けたの事例があり、それ以降はほとんど一けた台が続き、直近の令和3年度は2件の預け入れがあり、累計で161件に上るとのことです。

 受け入れ時の赤ちゃんの状況は、生後一か月未満の新生児が133人と最も多く、次いで乳児(生後一か月から一年未満)が19人、幼児(生後1年から就学前)が9人とのことです。最初に預けられたお子さんは3歳だったことも初めて知りました。

 赤ちゃんを預けに来た者については、母親が117人と最も多く、次いで父親29人、祖父母19人、その他・不明がそれぞれ34人と30人とのことです。出産した場所は自宅が最も多く81人で、医療機関での出産は55人、医療機関で出産したと推測される人が7人で、車中で出産したという人も4人いたとのことです。

 最も私が知りたかった、子どもを預け入れをした理由については、生活困窮が最多で46人、それから未婚、世間体、パートナーの問題などが続くのですが、「親の反対」を理由にしている人が一定するいることに驚きました。ま預け入れをした者の居住地は、熊本県が13人、熊本県以外の九州が39人ですが、関東が25人、中部が16人、近畿が15人、中国が9人であり、北海道からも1人の例があり、預け入れをする者が全国から集まっていることにも驚きました。

 設置を認可する際に出した留意事項に掲げられている相談体制の強化については、平成19年当時慈恵病院が受けた妊娠に関する相談件数は501件でしたが、年々その件数は増え、平成29年には7,444件、直近の令和3年は4,718件と、大幅に増加していることもわかりました。

 また熊本市はこうのとりのゆりかごが設置されて以来、市の要保護児童対策地域協議会の中に「こうのとりのゆりかご専門部会」を作り、運用のあり方について不断に検証を行っているそうです。直近の第5期検証報告書によると、ゆりかごによって救われた命があることは評価しながらも、

・預け入れを前提とした孤立出産や産後間もない時期の長距離移動等、母子の安全に関わる問題がある
・自らの出自が不明である子どもの将来にわたる悩みがある

等の課題を指摘した上で、

・ゆりかごに預け入れがなされる前の相談に繋がれるよう、相談体制や育児をしやすい環境の整備が必要
・子どもの命を守り、課題を抱える方々を孤立させないよう、慈恵病院と連携し、相談体制の充実や内密出産制度も含めたより良い支援制度の構築を国に要望し、全国の自治体との連携を深めていくことが重要

としています。

 光安課長曰く、設置当時は侃侃諤諤の議論がなされ、今でもゆりかごについては賛否両論、様々な意見が寄せられているそうです。しかし社会の宝である子どもの命をどのように守るか、子を産む母親を孤立させないためにどうするかといった前向きで建設的な意見が寄せられることも増えてきたとのことです。市の担当者の皆様の真摯な思いを理解することができました。

三 慈恵病院を訪問

 午後からは慈恵病院を訪問し、ゆりかごの実際の現場を視察するとともに、ご担当者の方と院長先生からお話を伺うことができました。なお、ゆりかごの写真を撮影することとSNS等で用いることについて、病院側は許可をして下さいました。

病院正面から住宅地側に入ったところにゆりかごの入り口があります。

 入り口を入ってからポストにたどり着くまで、それなりに歩く距離があります。これは、病院側としても出来ることならば預け入れる前に相談してほしいと願い、少しでも考える時間を確保させるための措置だそうです。

ポストのドア。
ポストを開けた先には医療設備が整えられたスペースがあります。

 ポストに赤ちゃんが預けられるとブザーが鳴り、365日24時間待機している相談員や看護師が対応し、まずは赤ちゃんを連れてきた方とお話をするそうです。その中で預け入れをせず、もう一度子どもと向き合おうと考えるに至った方もいれば、名も明かさずそのまま立ち去っていく方もいたそうです。

 ポストの先は小児科の部門とつながっており、相談室が置かれています。その床には何らかの跡がありました。説明して下さったスタッフの方曰く、出産直後の処置がなされておらず、へその緒が付いたままの赤ちゃんや出血したままのお母さんが来ることもあり、その血液がついてしまっているものもあるとのことです。

 ここに預けに来る人の大部分は、ここに来るまでに相談できる人もおらず、精神的にも肉体的にも追い詰められた方々がほとんどと思われます。極度の精神状態にある方と接するスタッフの皆様も相当の緊張を強いられるはずです。
 何より365日24時間、一分一秒も休むことなくいつ来るかわからない預け入れに備えていることの負担がどれほどのものか。

 設置当時、「安易な預け入れを促すのではないか」と漠然と考えた自分を恥じました。

四 蓮田健院長のご講話―愛着障害について考える―

 施設を視察した後は、蓮田院長のご講話を拝聴しました。


 いつ呼び出しが来るかわからない産婦人科医の激務をこなす傍ら、私たちのために一時間以上の時間を割いて下さり、ゆりかごを始めた理念についてお話をして下さいました。

 蓮田院長曰く、ゆりかごに預け入れをする女性のほとんどは、被虐待経験がある、境界領域の発達障害または知的障害を抱えている、更には家族つまり親、特に母親との関係性に問題を抱えているといった特性を持っている人であるとのことです。特に虐待を受け、親、特に母親との関係がよくない女性は「愛着障害」の状態にあり、甘えたいときに甘えさせてもらえず、愛されたいときに愛してもらえなかったという、悲しい過去を持っている人がゆりかごを頼ってくるそうです。

 このような方々が孤立しないよう、すでに述べたように同医院では24時間体制で相談対応をしていますが、それでも子を預け入れなくてはならない事情を抱えている人がいることも厳然たる事実です。そのために預け入れに応じ、守られるべき命を守っているのが、同医院の取組です。

「安易な育児放棄を助長する」
「子の出自を知る権利を損なう」

 同医院の取組に対してよく寄せられる上記の批判について蓮田院長は、以下の考えを示して下さいました。

・現実は預け入れをする側も受け入れる側も必死であり、安易なものでは断じてない。むしろ安易に子を預けようとする親がいるなら、そのような親から引き離した方が子の幸せにつながる。
・ゆりかごの受け入れ件数自体は低調に推移しており、ゆりかごによって育児放棄が促されているとはいいがたい。
・性暴力や売春による妊娠など、子に対して出自を知らせない方がよいケースもあるのではないか。

 蓮田院長は、「ゆりかごを経て大人になった子どもの中で、自分の出自を知り、それを受け入れられなかったと子がいた場合、『なんでゆりかごをつくったんだ』と訴えられる可能性もある。私自身、大きなリスクを負ってこの事業をしている」ともおっしゃっていました。

 病院としてはこの施設を運営するために多い年で2,500万円ほどの追加経費が掛かっており、基金を設置して寄付を募っているものの、病院の持ち出しが毎年発生しているそうです。

 どの説明ももっともであり、うなずくしかありませんでした。

五 北海道はどうすべきか

 繰り返しになりますが、こうのとりのゆりかごが、慈恵病院のゆるぎない理念と責任感、熊本市をはじめとする行政・関係機関との緊密な連携の下、様々な課題に向き合いながら、守るべき命が守られるよう、懸命に努められている中で運営されていることがわかりました。

 北海道で新たに設置した方に、私は直接お会いし、お話を伺ったことはまだありません。しかし、同様に赤ちゃんポストを運営するのなら、覚悟の上に現実的な措置が求められます。失礼な言い方になるかもしれませんが、理念ややる気だけでチャレンジできる事業では到底ありません。

 蓮田院長は、「北海道はじめ他の地域でも同様の取り組みが行われるのであればありがたい。相談体制の強化はもちろんだが、それだけではどうしても救えない命があるのの事実」という旨のお話もされていました。北海道はじめ他地域でもこうのとりのゆりかごと同様の施設が求められるとしたら、最低限、この課題はクリアしなくてはならないという設置基準を設けることが必要だと私は考えます。それが出来るのは、やはり国です。

 子どもを産む女性を孤立させず、母親と子どもの命を社会全体でどのように守っていくか。内密出産に関するガイドラインを国は示しましたが、法制度の整備についてはまだ態度が明確になっていません。

 国の法制度を促すためにも、道庁、道議会が汗をかかなくてはなりません。与えられた二期目の任期は残すところ4か月ほどですが、今回の視察で得た知見を基に、議会議論に臨んで参ります。

 

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