大恩ある大先輩のご逝去。(2026年1月13日)

 三連休が明けた今日、新千歳空港へ向かっておりました。釧路空港に飛び、蝦名大也前釧路市長の通夜に参列することが目的です。

 8日朝、蝦名大也前市長が急逝されたと聞きました。思い返せば、一昨年11月、鈴木宗男先生が足寄町名誉町民の表彰を受けるにあたり、かつての秘書軍団を集め、阿寒湖畔で懇親会を開催して頂いた際にお会いしたことが最期となりました。

 その際に、市長選挙の労をお労い申し上げたいと考えていましたが、あまりじっくりと会話をする時間もありませんでした。

 振り返れば平成15年、私が鈴木宗男事務所に入所した際、当時道議会議員だった蝦名さんは、新入りの私に多くのことを教えて下さいました。政策的なことよりも、秘書としての心構えが多かったと記憶しています。

 最も記憶に残っているのは、鈴木事務所の東京の議員会館で勤務していた時のことです。釧路の後援会の方々が国会見学に来られ、お迎えするにあたり、何時にどこで待ち合わせするのかといった基本的なことをきちんと詰めておらず、後援会の方々が戸惑っていたことを聞いた蝦名さんは、私に対し「当たり前のことを当たり前にこなし、きちんとできて当然のことを誰にも褒められない中できちんとやるのが秘書の仕事なんだぞ。」と、厳しくも温かく、ご指導を頂いたこと今も覚えております。

 この言葉は、数人ながらもスタッフを遣う立場にある今の自分の血肉となっています。私のスタッフにも時折このことを伝えています。

 昭和58年の衆議院解散総選挙に鈴木先生が出られる際、当時の蝦名秘書は釧路市山花地区にいるご自身の同級生の浅野家に鈴木先生を連れて行こうとしました。しかし、間違って私の実家に来てしまったそうです。結果として私の父は鈴木先生とご縁を得ることができ、今の私に繋がっています。

 私が政治の世界に人生に大きなきっかけを与えて下さった蝦名さんに、心から感謝申し上げます。

 14日から道議会公務があるため、今日のお通夜に参列したいと考えておりましたが、悪天候の影響を受け、千歳空港、丘珠空港のいずれも、釧路行きの飛行機は欠航となってしまいました。感謝の気持ちをお伝えすることが出来ず、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 北方謙三さんの小説『三国志』の中で、このような言葉が出てきます。「忘れなければ別れではない」。

 幼い頃から行儀が悪く、礼儀作法を学ぶためにある家に預けられた若者が立派に育ち、育ててくれた両親と離れ、旅に出る時に母親からかけられた言葉です。 

 蝦名さんから教わった数々のこと、蝦名さんが故郷釧路市の為に命を懸けて様々な課題に取組まれた政治姿勢。蝦名大也という人間、政治家をずっと忘れず、私も頑張ります。

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